秋の祈祷週

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今週は秋の祈祷週です。今回の祈祷週の読み物は「わたしの使命」というタイトルです。

石川教会では教会や教会員の家庭で毎晩集会を持っています。今回の祈祷週の読み物は「わたしの使命」というタイトルで、今日はその中の「愛ある使命、キリストの方法」という部分でした。

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伝道というと、どのようなイメージが浮かびますか?

パプアニューギニアのジャングルの中で汗水たらしながら、イエス様のことを人食い人種に教える人。

ブラジルの奥地で現地の言葉を苦労して学び、小さなボートでアマゾン川の奥地に行って伝道をしている人。

伝道者、宣教者というと、このようなイメージを思い浮かべるかもしれませんし、私は違う、そんな難しいことはできない、と思うかもしれません。

しかし、私たちイエス様に従う者は伝道者であり、宣教者です。

エレン・ホワイトはこう言っています。

「真の弟子はみな伝道者として神の国に生まれているのである。」各時代の希望上234ページ

ヨハネによる福音書4章には人目を避け、昼の時間に水を汲みに来たサマリヤの女の人の話が載っています。彼女はイエスに出会い、イエス様から命の水をいただき、変えられました。それまで人との接触を避け、周りからもあまりよく見られていなかった彼女は自分の町に戻り、救い主に出会ったことを皆に伝え、イエスのもとに連れていきます。

イエスは彼女に言いました。

「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

彼女はイエスに接し、イエスから命の水をいただきました。それは彼女の中で泉となって自然と湧き出たのです。誰にもそれを止めることはできませんでした。

伝道は何をすればいいのかわからない、難しいもの、訓練を受けた人がすること、と思いがちです。

しかし、祈りと聖書研究を通して命の水を飲んでいると、私たちが命の泉となり、自然と伝道者になるのです。

ですから伝道をするには、私たちは命の水を神様にいただかなければいけません。ないものを他人にあげることはできません。

今日、神様とつながり、命の水をいただき、神様の伝道者、命の泉が湧き上がって周りを祝福する人にしていただきましょう。

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